中半:国語力=民主主義成立の前提について。

前半終了後の休憩時間に、国語力の話題になっていた模様。
猪瀬さんの発言として「民主主義とは議論である。議論が成立するためには国語力が必要。日本人には国語力が足りないから、議論が上手く機能しない。とかく日本人は意見を言っても根拠を言わない。ディベートの訓練や、論理学の教育を徹底すべきではないのか」と問題提起。
そこで東さんは「日本人は言葉の力を信用しすぎ。言葉なんて道具なんだから、そう割りきって技術を上げるべき。詭弁でも何でもいいので、国語力を上げさせる教育が必要。それをするには、自分が評論を書くといい。」と発言。
ここら辺は流石デリダ研究者といったところか。デリダはロゴス=論理中心主義を批判した人。そこまで詳しくないので、あまり深く立ち入りはしないけどw

「民主主義=議論による合意形成」と考えると、日本語は言葉の定義が曖昧っていうのも議論が駄目という原因でもあると考える。

その後も日本における民主主義批判が続くが、民主主義は輸入ものなんで、日本で間違った形で理解されたとしても仕方ないのでは。
民主主義の歴史の話もあるが、本来の西洋的な民主主義を復興させたいのか、それとも日本的な新しい民主主義を作るのか。作るとしたらネット、ツイッターが鍵となる気がする。
それぞれの問題ごとでの公共圏しか道は無い。よくわからない人間は議論しなくていいよ、と

その後ユーザー凸や堀江さんの質問攻めとかがあった。