花咲くいろは 第26話(終)

ぼんぼり祭りと、いつか帰ってくる喜翆荘。
緒花の願いである「私はスイになりたい」と、孝ちゃんへの告白イベントがあったぼんぼり祭り。孝ちゃんとの再会シーンでは、良いから誰か孝ちゃんに喋らせてあげて!と言いたくなるくらいの緒花の突っ走りぶり。まぁ、緒花は、再会するまでのシーンでも描かれているようにひたすら「走る」キャラなので、気持ちが走っていても仕方がないか。
祭り描写は、背景の丁寧さはもちろんのこと、客の多さを描いて祭り感を演出していたところが素晴らしかった。「描くの大変だっただろうなぁ……」と思わせるくらい人の多さ。ぼんぼりの光や、夜店の光といったライティングの効果も美しく仕上がっていた。お祭りのラストにあるお焚き上げシーンでの炎描写も素晴らしかった。
その後の、スイが誰も居ない喜翆荘をひとつひとつ見まわるシーンは、P.A.WORKSの背景美術の素晴らしさが良く出ていたシーンだった。背景をCGで作ってあるが故の演出効果がとても良かった*1。「喜翆荘の思い出」が詰まったシーンでもあるので、とても感動的だった。それから、緒花が「廊下を雑巾がけする」という行為は、1話にリンクする内容な訳で、最終話と1話を繋げる脚本構成となっている抜け目のなさは流石岡田麿里脚本といったところ。
そして、エピローグでは、色々なキャラの「再就職」が描かれていて、気になるところも多々あるのだが、とりあえず蓮さんの再就職が巧くいくように願いたい。
「業務日誌」という喜翆荘を支えていたものを受け継ぎ、旅館の勉強をしているらしい緒花は、今日もまた走りだす……というかたちでEND。どうでも良いが、緒花が激しく動きながらもパンチラをまったく見せる気がないアクション作画は何気に凄いなぁ。


全体としては、「旅館で働く女子高生」というメインアイディアの元、岡田麿里による無駄が省かれ効率的でキャラの魅力がよく出ている脚本と、P.A.WORKSの作画力の高さがよく出ている魅力的なキャラ描写、徹底的にロケハンして創られた写実的で美しい背景美術と、アクション主体の作品を監督していた安藤真裕の新境地とでも言うべき作風が不思議と融合した、稀有な個性を持った作品だったという印象。
第1話を観た時は、結構シリアスな展開だったので、濃厚な人情ドラマが展開されるのかな?と思っていたら、話数が進むにつれて結構エロというか萌えというか、キャッチーな部分も出てきてちょっとビックリした覚えがある。いや、別にそういう要素が入っててもいいんですけどね!むしろ嬉しいけどね!!
1クール目は「喜翆荘」での生活を中心に「仕事」を描いていて、2クール目は「学校生活」を中心に「青春ドラマ」っぽくキャラの掛け合いを描いていたのが興味深かった。おそらく「キャラの掛け合い」を描くためには、「仕事」を中心としたキャラ説明が必要だったはずで、そのためにこのような構成にしたのだろう。このシリーズ構成の巧さは流石だと思った。
「緒花の家族」を中心とした描写はちょっと不足しているかな。「四十万の女」であるスイ、皐月、緒花の、仕事を軸とした「女の生きざま」描写が面白かっただけに勿体無い。まぁ、緒花の夢が「スイになること」という風に、何気に家族として連続している部分があるから、これくらいでも良いのかもしれないが。ただ、スイと皐月の和解や、いつまで経っても他人行儀だったスイと緒花の関係性は少し気になった。
声優陣は、メイン4人のバランスが良かった印象。その中でもやはり主役の伊藤かな恵の明るい演技はとても良かった。真っ直ぐなんだけど、空気が読めなくてちょっとウザいというのも、「完璧キャラ」とならないようなバランスとして働いていて、このようなキャラ造形も巧いと思った。メイン4人の中では結名さんが若干描写不足感があるけど、ストーリーの展開が喜翆荘を中心となってしまっただけに仕方ないか。一応メイン回があったからそれで充分なのかもしれない。
「仕事」を題材にしたオリジナルアニメであり、「女の子の青春ドラマ」の要素もある。「昼ドラ」や「朝ドラ」のような雰囲気もある。普通のアニメ作品には無い、非常に独創的な作品だった。
スタッフの皆様、お疲れ様でした。


*1:例えば、「ドアが開くシーン」は作画では難しいので通常はやらない。スイの一人称視点となった時、背景も一緒に動くのだが、これはCGでないと出来ない演出。縁と崇子が居るシーンでは、カメラが回りこむかのような演出もあった。これも、CGでないと難しい。